リザルト
前回からこれまでに起こったことを大まかにここに残しておきたいと思い、久しぶりにキーボードを叩いている。
僕は精神を病み、たくさんの薬によって保護と制約を受けた生活をしていた。
世話になった医師には回復はほぼ不可能、命が果てるまでそのままだろうと告げられた。
しかし、然るべき手順で治療を施せば脳と体を日常生活に適応させる事は可能だった。
学習と継続的な治療で僕は外へ出て、働く事が可能になった。
僕は諦める事ができなかった。
もがき続け、あがき続けることで脳みそと体は見事に応えてくれた。
とはいえ。
精神的に大変な時期があった。
外に出て、働き始めた時だ。
こころがバラバラになりそうだった。
慣れない事や、わからない事に立ち向かう時、身動きが取れなくなる程に不安は大きくなる。
僕は独りきりであったなら、引きこもりに逆戻りしていただろう。
それでも外に出て、恥をかき汗をかき、食いしばれた理由がある。
それは、
このブログの読者さんに励ましのコメントをたくさんいただき支えてもらえた事だ。
当時励ましのコメントをいただいた方々には今でも深く感謝しています。
ありがとうございました。
同時に突然更新を絶った非礼をお詫びします。
あれから色んな事を経験しながら、なんとか生き延びています。
どれくらいブログを更新していなかっただろうか?
確認することもできるがさして重要な事とも思えないので、捨て於いて本題へと進みたい。
本題:僕に起こった変化について。
まずいくつかの職を経験した。
配達に始まり、工場、書店、飲食店など場所を変えながら転々と職を変えた。
理由は3つある。
1つめの理由は仕事を始めた時にはやれるだけ、無理のきくだけ動き回っていたが、身体を壊した。
2つめは、様々な体験をしたいと考えたこと。
3つ、自分にとって条件の良い働き方を選んでもいい事に気づいた事だ。
元々僕は要領のいい方ではなかったけれど、行く先々で色んな迷惑をかけてしまった。
常識がなかったり、時間管理が甘かったり、その職場のルールに対して興味が持てなかったり。
自分の至らなさが痛いほどわかった。
凹んだ。泣いた。つかれた。辞めた。
でも、その度に学んで次の職場へ向かった。
今は派遣会社に登録してその都度行きたい職場へ向かう生活だ。
次に自分自身について。
端的に言うと、若返った。
引きこもって半日寝ている生活とは真逆で、いまは一日5時間睡眠くらいで生活している。
やりたい事が尽きないので、起きていられるだけ起きていて、限界が来たらその場で眠って、起きたらまた動き出すサイクルで生きている。
そうすると、なぜか肌の調子が良くなってきた。
髪型や服装にも少し手を加えた。
結果、実年齢より若く見られる事が多い、というか大抵10才は下に見られる。
友人曰く、言動と表情が子供っぽい事も大きいらしい。
今年で僕は34歳だが、もうちょっとだけ20代の見た目でいたい。
引きこもっていた年代の挙動をもう少しとり続けたいからだ。
とはいえ、初対面の大学生にため口を聞かれるのはなんともせつない……。
人間関係については。
人に対する見方が大きく変わった。
つき合う人間が増えた事と、腹を割って話せる相手が現れた事が大きい。
以前は自分の目の前にいる人間に対して無警戒で接していたが、ある一つの点に注目して接するようになった。
それはその関係が対等かつフェアであるかどうかだ。
人間である以上、関わりあうと上下関係や利害は必ず生じる。
仕事や外面の関係ならお互いに支障のない範囲で踏み込まずにいればいい。
しかし、友人などプライベートな関係はどこまでゆずるか、どこまで頼るかという線引きが曖昧になる。
人が余暇をともにすごす時などには、お互いに差し出すものが生じる。
時間や金銭、言葉や心遣いなどだ。
具体的には意見が割れた時、問題が起こった時にどう解決するかに影響する。
ケンカしたあとに仲直りができるか、双方にとって納得ができる話し合いができるかが大事だと思っている。
その際に一方的に要求を押し付けてくる人間や、こちらの変えようもない部分を意味もなくなじってくる相手との付き合いは遠慮するようにした。
つかれるし、話しにならないし、生産性がないからだ。
しかし、もめごとが起きた時、お互いに敬意を持って意見をぶつけられる相手ならその後も良好なつきあいができる。
お互いの理解が深まっているし、なにか起きた時にフォローもできる。
幸いにも僕にはそういう相手が4人いる。
ほかの人はどうかわからないが、ケンカすらしない相手は友人だとは思っていない。
めんどくさい人間だとはよく言われるけれど。
大きく変わったのはこれくらいだ。
昼下がりに時間ができたら再び更新しようと思う。
それでは、また。