決断
クロが今までのエサをまったく食べなくなった事を師匠に相談した。
すると師匠は「ああ、そうか」と当り前のようにバッグから茶封筒を取り出し、僕に差し出した。
「これで肉を買ってこい」
封筒の中身を確認すると、千円札が三枚入っていた。
「ある程度成長するとあのエサは食べなくなるらしい。ドラゴンは肉だ。肉食だ。肉なら何でもいい」
エサ代は全額支給されるルールらしい。そういえば今までもタダだった。
――僕が買いに行くんですか?
「ああ、そうだな。まあ、肉だからスーパーだろう。いけるな?」
――行けません。スーパーなんて怖すぎです。
あれは3カ月ぐらい前の事だ。僕はスーパーで買い物をする事に挑戦した。
惨敗。夏休みで学生がたくさんいて、集中砲火をくらってノックアウトされた。
もちろん調子を崩して、ヒルナミン。
思い出すだけでぞっとする。僕はその事を師匠に説明した。
「そうか、だが行ってみろ。一回失敗したからといって、次もそうとは限らんだろう。クロのためだ。やれるな?」
――無理です。ダメです。できません。
「何だと!?こいつのエサを用意するのはお前の役割だろう!お前は親なんだから、子供の面倒はちゃんと見ろ!わかっているのか!」
キレた。師匠がキレた。説教だ。正座で結構長い時間。
主な内容は、「親はどうあるべきか」だった。
師匠は親と何かあったんだろうか?
ひととおり説教が終わると師匠は言った。
「大丈夫だ。お前は変わった。やれる」
――本当ですか?
「ああ、今のお前なら大丈夫だと私は信じている」
「信じている」という言葉が僕の脳に沁みわたっていった。
僕は、信じられている?
――やります!
急に大声になった僕の声にびっくりした師匠は少し間をおいて、僕に語りかけた。
「失敗したっていいんだ。何度でも挑めばいいのだからな。スーパーを超えられれば行けるところは一気に増える。がんばれ。クロのために。お前自身のために」
そのあと僕は、それとなくサトウ君との事を聞いた。先週あれからどうなったのか気になって仕方がなかったからだ。
「中が深まった」と顔をほころばせる師匠に、「よかったですね」と言いつつ、僕は虚無感に取りつかれていた。
……ああ。
それでは、また。