最低
午後1時。
師匠がやってきた。
――こんにちわ。
「……おう」
声に力がない。
どことなく元気のない師匠を見て、僕はいいようのない不安を覚えた。
――あけましておめでとうございます。
「別にめでたいなんて思わんわ」と言って師匠は力なく笑った。
僕は自分の中の動揺を隠す事に必死だった。
師匠への気持ちに対してどうしたいのか、まだ答えが出ていなかったからだ。
レポートを書く師匠の横顔に、目が向いてしまう。
「何だ?じろじろ見るな、キモい。……傷は治ったか?」
横を向いたまま師匠は沈黙を破ってくれた。
その流れを断ってしまったらまた沈黙の重圧にとらわれてしまうと思い、僕は出まかせのように言葉をつないだ。
――年賀状、1枚だけでした。けっこう寂しいもんです。
「そうか。だがそれは悪い事じゃない。その分さみしい奴の気持ちがわかるだろう?人の気持ちがわからん奴なんて私は認めない」
それからいくつか雑談を重ねた。
水道水が冷たいですねとか、
コンビニのおでん食ってるか?とか、
師匠、髪伸びてきましたね。だからじろじろ見るなキモいわ。とか。
書くべきことを全て書き終えたのか、レポート用紙をバッグにしまった師匠は再び言葉を紡いだ。
「年賀状の話だが、孤独を感じることなく生きている奴が幸せなのか、不幸せなのか、私にはわからないな」
師匠はいら立っていたのか、嫌悪感を表したのかわからなかったが、顔をほんの少し歪めた。
何か思うところがあったのだと思う。
この人の孤独を理解し、受け止められる日が来るのだろうかと僕は恐れたり、迷ったり、決意したりした。
考えすぎて、また沈黙が流れて、愚痴を吐いてしまった。
――それでも、さみしいのは嫌ですよ。いいですね、師匠には彼氏がいて。
とたんに。
師匠の顔が曇って見えた。
何かに耐えるような、苦しむような。
何かまずい事を言ってしまったのか?焦った。困った。
師匠は目をうるませたかと思うと、うつむいて一言はなった。
「……ふられた」
空気が凍りついた。
僕はあわてた。焦った。
何か言わないと。でもなにも出てこない。
それでも、黙っている事に耐えきれなくなって僕が口を動かそうとしたら。
「やめろ」
鋭く睨まれた。僕は馬鹿みたいに恐れおののいた。
その時本当に理解した。自分は言ってはいけない事を言って、やってはいけない事をしてしまい、さらに重ねようとしていた事を。
中途半端な同情や、厚かましい憐れみしか自分の中になくて、何も言えなかった。
黙るしかなかった。
すまない、帰る。と言って師匠はそのまま出て行った。
静かな部屋に、能天気なテレビの音。
最低の気分だった。
……。
それでは、また。