生まれた
午後1時を回ったところで玄関のチャイムが鳴った。
今日の師匠は全身モノトーンの服なんだけど、靴だけピンクだった。
師匠は部屋を見回して言った。
「うん。ましになった。まだ、ちょっと臭いけど吐き気がするレベルではない。よくやった」
ん?ほめられた?いや、けなされた?よく分からないけど、努力は認めてもらえたと思う。
「それで、お前はどうしたいんだ?私に何を求めているんだ?」
えっと、社会復帰したいというか、外に出て働けるようになりたいです。そのアドバイスをください。お願いします。
「うん。そうか。最初に言っておくが私は先輩だ。二年間引きこもっていたが、外出しバイトまでできるようになった者だ。だから、アドバイスはできる。だが、」
はい。
「結果までは責任を持たない。努力はお前がすることだし、勇気を出すのも、傷つくのも、全部お前自身が引き受けるんだぞ。わかったか?」
僕はうなずいた。それは覚悟していたし、わかっていた事だ。しかし、
師匠、引きこもっていたんですか?
「まあ、……そうだ」
師匠の声に力がなくなった。これ以上は聞かないでおこう。
「それで、お前はどうして引きこもっているんだ?」
聞かれるとは思っていたけど、あまり説明したくはなかった。だけど必要なことだから、説明した。病気のこと、人が怖いこと、それでも外に出たいことを。
「……わかった。まず外に出ることからだな。人に会うと調子を崩すんだろ?だったら昼間だ。昼間に外に出ろ」
えっ?
外に出るのはいきなりすぎると思ったし、意外な答えだった。昼間は人だらけじゃないのだろうか?
「確かに都会だと昼間も人がいる。だが、ここくらいの田舎じゃ昼間はみんな働きに出ている。誰にも会わん。心配するな。それに朝夕はお前の苦手な学生がうじゃうじゃいるだろう。昼間だ、わかったな。1日1回5分でもいい。まず外に出ろ。そこからだ」
そうなんだろうか?意外だった。昼間は閉じこもっているから外のことはわからなかったけど、言われてみればそうかもしれない。
僕は緊張しながら、はい。と頷いた。
「さて、仕事だ」
師匠はデジカメを取り出した。そのとき気付いたけど、師匠は靴をちゃんと玄関で脱いでいてくれていた。玄関にあるピンクのブーツを見ているとなんだか嬉しくなった。
……いや、靴を脱ぐくらい当り前か。
「おい!」
例の卵を撮影していたかと思うと、師匠は突然大声を上げた。
ビクッとして視線を向けると、
卵の、
殻が割れて、
中から、
何かが、
手を、
出していた。