思い出した
一日一回五分、外に出る。
師匠との約束、継続中。
昼間の野外には人があまりいない。
この法則を信じ切っていた僕は、ミスを犯す。
部屋を出て数分、誰にも会わなかった。
調子に乗った僕は、少し車の交通量の多い道を歩くことにした。
信号を渡って、ラーメン屋の前を通り過ぎ、自動販売機の前を過ぎたところで部屋を出て15分が経過した。
よし、帰ろう。引き返す。ところが、
ラーメン屋の前に再び接近すると、車がたくさん停まっていた。
人がいる。たくさん、いる。
昼食時だった。
途端に心臓がバクバクする。
大丈夫だ、落ち着いて通り過ぎればいい。
うつむいて歩き続ける。信号のボタンを押して、下を向く。
大丈夫だ、何ともない、このままいける、だれにも見つかるな。
が、
笑い声。スーツを着た若い男女がこっちを見ている。
――何あれ。キモい。うわ。こっち見た。変なの。ちょっと!聞こえるって(笑)。別にいいじゃん、あんな奴に気ぃ使う必要ないし。――
信号が変わる。ダッシュで渡る。
――走ってくる!こっちくんな!うわ、キモ!逃げろ!(笑)キャー!(笑)――
もう、限界だった。
気付くと、部屋に着いていた。
薬を飲んで目を塞ぎ、横になる。
泣きたい気分だった。
別に人の目なんて気にしなければいい、はずだ。
だけど、どうしても思い出してしまう。まだ、高校に通っていた時のことを。
友達だと思っていた奴が、嬉しそうに僕を見下すあの目を。
秘密が筒抜けになっていた教室を。
「終わった」事を思い知らせるあのせせら笑いを。
貧乏ゆすりが止まらない。心臓がドクドク脈打つ。呼吸が荒くなっていく。
その一方で、どこか冷静に、これはまずいなと自分を見る自分を感じていた。
見ている僕と、見られる僕。
どっちが本体なんだろう?
そんな事を思っているうちにも、世界は僕を侵食していく。
しんどい。
だめだ。
命を断ったら楽になれるのかな?
何度かそう思ったことがある。今までぎりぎりすり抜けてきた、誘惑のような問いだ。
ぺろり。
手の甲に何かぬめったものが触れた。
クロだった。「ニャー」。不細工な顔が目の前にある。
吹き出した。
ごめん、お前のこと忘れてたよ。
ありがとう、と呟き時計を睨んだ。30分ほど呼吸を整え続けることで乗りきった。
今、扇風機にべったりすり付いている家族を見て、僕は微笑んでいる。
それでは、また。