ああ、かなわない
午後1時を回って、雨が降り出したころに玄関のチャイムが鳴った。
ドアを開けると、そこにいたのは白のワンピースに、カーキ色のモッズコートをまとった師匠だった。
なんか白が眩しいし、コートの袖口はもこもこしてるし、黒いタイツに包まれた脚は超細い。
思わず僕は見とれてしまった。
「何だ?」
――いえ。なんでも。師匠の今日の服、可愛いなと思って。
「そうか。お前もこっち系が好きなのか。サトウ君の好みに合わせたコーディネートだ。私にはどうでもいいことだがな」
部屋に招き入れて、こたつテーブルの上にコーヒーを出す。
師匠はほら、とスマートフォンを差し出してきた。
画像。
モデルさんが、ポーズを決めてニッコリ笑っている。師匠とまったく同じ格好だ。というか、師匠が全部まねしているのだろう。
モデルの写真上部に、「甘めの白ワンピでモテコーデ♡」という文字が躍っている。前にもこんなことがあったな。
「これは戦略だ。サトウ君の好みをあらかじめリサーチしておいたんだ」
身も蓋も無さ過ぎる。
僕は思わず眉間を手で押さえてしまった。
「文句でもあるのか?努力の最適化というやつだ。努力しても方向性が間違っていたら、何にもならん。覚えとけ」
はい、とだけ返事をしておいた。
僕はコンビニでの課題を達成した事を報告した。
「よくやったな」
腕組みしたまま、師匠はうなづいた。口角が少し持ち上がっていた。喜んでくれたのかも。
――これ。行ってきた証拠です。プレゼントです。
僕は師匠にコンビニで手に入れたお土産を手渡した。昆布のお菓子だ。
「信じているというのに……ありがとう」
師匠はクロを見ながらレポートを書いていた。
クロは基本的にこたつの中にいるので、ふとんを上げて観察する。
なんか臭う、お前足臭いのか?と言われた。
ちょっと傷ついた。
……足、臭いかなあ。
「大きくならんな、こいつは」
確かにそうだった。クロは全然大きくならない。そういう種族なのだろうか?
その時、師匠の携帯が鳴った。
「あ、もしもし。タカユキ!うん、今バイト中。終わったらすぐ行く!」
弾んだ声だった。
嬉しそうに、楽しそうにおしゃべりする師匠は普通の女の子だった。
かわいい、と思うと同時に僕に接するときのテンションの違いに、改めて愕然とする。
「今日はこれで失礼する。私は行かねばならん。タカユキが待っているから」
――……あの、タカユキさん、というのは?
「ああ、サトウ君だ」
名前で呼んでる!しかも呼び捨てだ!
確実に仲が進展していることを、まざまざと突き付けられた気がした。
ぜったいかてない。
そのあとの事はもう覚えてないや。
師匠、なんか楽しそうに出ていったなあ。
師匠が出て行ったあと僕は、白塗りの着物芸人みたいに叫んだ。
チクショー!
……。
それでは、また。