納豆巻きと大トロ
今日は、スーパーに攻め入った。
クロに与える生肉を手に入れるためだ。
店員のおばさまたちに嘲笑われるのも、慣れてきた。
ヒルナミンは予防として飲んでおいた。
それでも笑われると、心が傷つく。
しかし。
今の僕には守るべきものがある。
負けるものか。
場馴れしてきた僕は、寿司の惣菜コーナーに立ち寄る余裕ができていた。
何を買うかはあらかじめ決まっていた。
納豆巻きだ。
僕は小さいころから食べ物の好き嫌いが激しかった。
魚は鮭ぐらいしか食べられない。
だから寿司は納豆巻きしか食べられない。
しかし、ひとつだけ例外がある。魚だけど食べられるもの。それは、
大トロだ。
僕がまだ少年だった頃、親戚のおじさんに寿司屋に連れて行ってもらった事がある。
その時、大トロを勧められた。
魚は駄目だよ、と思いつつ渋々口に運んだ。すると、
柔らかい身が、口の中で溶けていく。濃厚で快感にすら思える旨みが広がる。脂っぽいけどしつこくない。
肉じゃん、これ!うまいよ!もう一枚!と僕が言うと、おじさんは、しょうがねえなあ、ともう一皿食べさせてくれた。
あのおじさんは結構前に亡くなった。いいおっさんだった。
大トロを思う時、いつもあのおじさんの事が頭に浮かぶ。
僕には、甥っ子がいる。
つまり、今は僕がおじさんになったという事だ。
いつか僕も甥っ子に大トロを食べさせてやりたいと考えている。
そして甥っ子もまた、誰かに大トロを食べさせる。
つながって、続いて行く。
そうやって、人が生きた痕跡は世界に続いて行く……。
そんな事を思いながら、納豆巻きとスーパーの惣菜コロッケを夕食として食べた。
それでは、また。