マニアック
午後1時。
師匠がやってきた。
上機嫌だった。
ここに来る前に「アイハラ君」と会っていたらしい。
何か笑顔が弾けてるし、いつもよりやさしい。
うれしかった。でも、
くやしくもあった。
1週間の報告をする。
「頑張っているな、それで……」
――?
「いいかげん教えろ。どんな女を狙っているんだ?」
いたずらっぽい笑みを浮かべて師匠はきいてきた。普段は無表情で動じる事がほとんどないこの人も、恋の話になるとやっぱり変わるらしい。
この事に関しては「師匠」とか「弟子」とか関係なく対等に話せる気がした。それが嬉しくて僕はつい口を滑らせた。
――そうですね。裏表があるんです。でもすごくかわいいんです。
「裏表?駄目だそんな女。考え直せ。見た目だけで判断すると地獄を見るぞ」
師匠はげっそりした顔をした。本気で言っているんだな、と思った。
――でも、正直で、まっすぐで、優しい人です。あと、強いです、すごく。
「待て。裏表があるのに正直でまっすぐで、やさしい?人格破綻者か?マニアックだな、お前」
僕は半ばあきれながら、心の中であなたです、とつぶやいた。
「それに、強い女は扱いが面倒だぞ。お前の手に負えるのか?まあ、好かれれば何とかなるかも知れんがな。そうだ、弱点とかはないのか?」
――ちょっと不器用な感じもします。
「ふーん」
そう言うと師匠は、コーヒーのミルクの空をゴミ箱に投げ入れた。
礼儀とか、行儀とかにうるさいこの人がこんな事をするのは珍しい。よほど気分がのっているのか、心を許してくれているのか。
「わたしもな」
――何ですか?
穏やかな顔。ベランダから日差しが降り注ぐ。部屋の中でスポットライトに照らされたように笑顔が輝く。
まぶしい。
惚れてまう。いや、惚れています。
と、思っていると師匠は死刑宣告を下した。
「……好きな人ができた」
やっぱりあの「アイハラ君」が好きだと言う。
僕は腹の底から、小さく声を絞り出した。
――がんばって……ください。お、応援します。
「おう。ありがとうな。お前も頑張れよ」
にっこり笑う。
かわいい。
告白しても振られる事はわかっている。
でも、こう何度も振られるのはきついです。
……あああ。
それでは、また。