役割
午後1時。
師匠はやってきた。
カーキのモッズコートに、ピンクのリボンという甘辛コーデだった。
「お~、ブサイク!元気だったか!?」
「ニャー!」
両手を出す師匠。飛びつくクロ。
すごくなついてる。僕以上かもしれない。
「ははは。くすぐったいわ」
師匠の胸元に顔をうずめるクロ。
……うらやましい。
「かわいいなあ。ブサイクは」
言葉が矛盾している気がするが、何だか嬉しい言葉だった。
僕は微笑む師匠に素朴な疑問をぶつけてみた。
――ドラゴンってみんなクロみたいな感じなんですか?
「私も詳しく知らないが色んなのがいるらしいぞ。こいつみたいにブサイクな奴とか、ごっついのとか、ぬめぬめしたのもいるらしい」
ぬめぬめ……。
僕は気持ち悪い生き物を想像して、身震いした。
――そういう生き物に生まれなくてよかったです。
と言ったところで僕は思った。
そういう生き物。
ゲテモノ。
今では近所の人とあいさつしたりできるようになったけど、ちょっと前までは僕だってそういう扱いを受けていた。
石を投げられたり、この辺ほっつき歩かないでと言われたり……。
その扱いはまるっきり「ゲテモノ」だと思う。
つらかった。今でもそういうふうに僕を見る人はいるし。
「どうした?難しい顔をして」
僕は師匠に近所での自分の評判や、それに対する自分の気持ちを説明した。
すると師匠は真剣な面持ちになって言った。
「そいつにしか果たせない役割というものがある」
――役割?
「人の役に立つことや、嫌なことを引き受ける事、責任をとる事だ。簡単にいえば、仕事や家族の問題、人間関係だ。人はそれを引き受けなければならん事がある」
――じゃあ僕が石を投げられたり、笑われたりする事も役割で、それはしょうがない事だって言うんですか!?
自分でも声を荒げてしまった事には気づいてはいた。
でも抑えられなかった。
だが師匠は、眉1つ動かさず淡々と続けた。
「場合による。逃げたきゃ逃げればいい。最悪、自分の命から逃げなければ何とでもなる。追いつめられて逃げられん奴もいるがな……」
師匠の顔が曇る。
師匠も引きこもりをしていた、という事を僕は思い出した。
「ただな。役割を引き受けて応えていればいいことだってある。例えば弟子が元気になって外に出られるようになるとか、な」
――師匠。一生ついていきます。
けっこう本気で言った。
「ついて来なくていい」
――ひどい。
僕たちは笑った。
理屈だけじゃ何の助けにもならんな、と言って師匠は僕にアドバイスをしてくれた。
とにかく元気でいろ。声を大きく、笑顔であいさつ。
人の悪口は言うな。愚痴ったら運も人も逃げる。
あとは目の前の人を大事にするんだ。
と、色々言った後で「私も出来ていないがな」と苦笑い。
僕はいつまでもこの人と話していたい、と改めて思った。
恋とは違う意味で。
僕にもし父親がいたらこんな感じだったんだろうか、と。
師匠が帰っていく時、
玄関から、離れていくピンクのリボンを見えなくなるまで見つめていた。
何だか嬉しいような、懐かしいような、不思議な気分だった。
それでは、また。