井戸端会議
先週バイトの面接に行って結果待ち。
担当の人は「来週の頭には連絡する」と言っていたのだけど、まだ連絡はない。
落ち着かない。
ずっと家にいても気分が塞いでくる。
なので、朝のうちに一通りの家事を終えた僕は桜を見に外へ出かけた。
近所の公園の裏に桜の木。
力強い枝のこげ茶と、はらはら舞い踊る薄紅色の花びらに心を奪われる。
10分程そこで花見をしていた。
すると、背の低いおばあさんに声をかけられた。
「あんた高校?大学?就職?」
身分を聞かれたようなので、正直に成人はしてますと答えた。
大きくて印象的な瞳を持つ人だった。
「あんた年わからんねえ。わしは81歳だよ。満・年・令!」
――おお、長生きですね。めでたい!
「だろう~!?」
にっこり笑ってくれた。
年をとると人は童心に帰るというけど、子供のような笑顔だと思った。
「わしの息子たちは――」
そこからおばあさんの息子自慢が始まった。
何でも幼いころから2人の息子さんは聡明だったらしく、ここらでも名の通った高校に通い、北九州とかアメリカとかの大学に進学したらしい。今は大きな会社で働いているという。
自慢話なんだけど、おばあさんは生き生きと楽しそうに語るので、いくらでも聞いていたいと僕は思った。
――すごいですね。
「そうだろう~?」
おばあさんは笑いながらいきなりガシッと、僕の腕をつかんできた。
ドキッとした。
だが、全く警戒されてないことがはっきりわかって、僕は嬉しかった。
「彼女はおらんのか?」
――残念ながらいないです。
「わしと旦那は――」
おばあさんと旦那さんの話が展開された。
恋愛結婚ではなく縁談で一緒になって、60年ぐらい寄りそっているという。
――60年色々あったんですね。
僕がそういうと、おばあさんは少し暗い顔をして遠くを見て一言、
まあな、と言った。
60年というのはとてつもなく長い年月だと思う。
僕は両親が離婚しているので、「結婚」や「夫婦」と聞くと真っ先に「離婚」という言葉を連想してしまう。
2人の間に愛情が生まれたのか、時代的に離婚という選択肢がなかったのか、それとも何かほかに理由があって一緒にいるのか。
さすがにストレートに聞くことはできなかった。だが、
「わしは車の免許はもっとらんのだが、この年だし取らんでいいと思っとる。旦那が好きなとこ送り迎えしてくれるしの」
夫婦関係はうまくいっている事がぼんやりと想像できて、僕はホッとした。
「あんたは、仕事は?」
――してないです。
「バカ!」
いきなり「バカ」と言われたので僕は驚いた。
人に「バカ」と言われるのは小学校以来の事だ。
「ちゃんと働かんといかんだろうが」
――いえ、バイトの面接は受けて、結果待ちなんです……。
「そうか。頑張って親安心させろよ~」
おばあさんは腕時計を見た。
「ああ!しゃべっとる場合じゃない、モーニング終わっちまう。『スイング』いかんと!」
『喫茶スイング』のモーニングは午前11時までのようだった。
「じゃあ、またな」
――それじゃあ、また。
こうして僕の人生初の井戸端会議は終わった。
にっこり笑ってくれたり、腕をつかまれたり、「バカ」って言われたり。
様々な刺激のあった会議だった。
バイトの面接結果の連絡はまだない。
それでは、また。