白髪染め
午前中、母から電話で呼び出し。
「手伝ってほしい事があるの。来て」
――どんなこと?
ガチャ。
切りやがった。
それで、実家へ行った。
白髪染めを手伝ってほしいという事だった。
――え~?めんどくさ~い!
と、オネエな感じで僕が抵抗すると、
「黙って手伝え」とキレられた。
短気母さんである。
冗談が全く通じない。
しかし、僕はさらに食い下がった。
交渉に持ち込んだのだ。
今週のハンバーグを作ってくれ、と。
僕は最近ハンバーグを作るのが面倒になって来ていた。
冷たいひき肉をこねた後で、お湯で食器を洗っていると、しもやけになる。
それが嫌だった。
スムーズに取引は成立した。
染める。
母の後ろの立って後頭部に薬剤を塗っていく。
正座する母の背中を見て「小さくなったなあ」と思った。
全部塗り終えてから少し話す。
「こうやって白髪を染めた事も、お母さんが死んだらいい思い出になるのよ」とか言い出す。
いちいち会話に死の匂いを漂わすのは、母がうつ病だからなのか、ただ人生が終わりに近付いているせいなのか、僕にはわからなかった。
僕は、縁起でもない事を言うな、生きる事を考えてくれ、とお願いしておいた。
続いての攻撃。
「お母さんの事好き?」
と聞いてきた。
僕はちょっと考えて、正直に思っている事を言った。
ある意味ではそうだし、ある部分では憎んでもいる、と。
すると母は「なにそれ、ひどい」とご立腹になった。
大好き、と言って欲しかったらしい。
彼女か、お前は?
ちょっとまずいと思ったので、僕は補足した。
人と人が真剣に向き合えば傷つけあう部分は出てくる。
人にはそれぞれ違いがあるから、それはしょうがないんだ。でも僕はそれでいいと思う。
と、説明した。
すると母は「そんな難しい事わかんない」とプンプンしながら風呂場に入って行った。
ああ、怒らせちまった。
死ぬとか言い出したらどうしようって、本気で悩む。
ところが。
母は上機嫌で風呂から戻ってきた。
白髪がきれいに染まればそれでよかったらしい。
振り回されている。
それでは、また。