hatopoppo_25's blog

気づけば普通の日記になっていました。

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生きて幸せに

午後1時。

師匠はやってきた。

彼女と会うのは今日で最後だと思うと、僕は朝から寂しい気分でいっぱいだった。

 

「……暗い。テンション低すぎだぞ、お前」

――すみません。クロもいなくなっちゃたし、師匠だって……。

「最後ぐらい、明るく別れよう、な?」

そういうと師匠は僕の頭を優しくなでた。

僕はそれを犬や猫のように受け止める。

正直に言うと、ずっとなでられていたいと思った。

「それにしても、お前、変わったよなあ」

――それなりに頑張れたと思います。

 

師匠に出会って、僕はだいぶ変わったと思う。

まず、外に出られるようになった。

散歩から初めて、図書館、スーパー、そしてコンビニ正面突破まで。

今では、毎日コンビニに行くほどだ。

 

薬も減った。

僕は精神科の薬を元々1日30錠ぐらい飲んでいた。

でも、いまは1日8錠になっている。

 

見た目だって変わった。

髪の毛を切るのは1年に1回ぐらいで、ぼさぼさだった。

それが今では、2か月に1度は美容室に通うようになった。

服に関しても、気をつけるようになって、古着屋だって楽しめる。

 

一番は人と会って話す事が楽しくなった事だ。

散歩に出て、すれ違う人に挨拶をしてちょっとしゃべることにハマっている。

知り合いにも、表情が明るい、よく笑うようになった、と言われる。

 

そういうおさらいを師匠としていて、気付くと1時間以上経っていた。

 

――クロがいたから、そして師匠がいてくれたから、僕は頑張れました。

「そうだな。人間は自分だけのためには頑張れないようにできているもんだと思う」

 

僕はやっぱり、師匠と離れたくないと思った。

だけど、何も言えなかったし、言わなかった。

笑顔で別れよう、という師匠の気持ちを大事にしたかったからだ。

 

その後、最後の説明を聞いた。

バイトの報酬は約束通り、師匠に納めた。

私はちゃんと師匠をやれていたか、と不安げに聞かれたので、僕は無言の笑顔で応えた。

ぬるくなったブラックコーヒーを飲み終えると、師匠は立ち上がった。

「もう行く」

玄関先まで見送る。

ピンクのブーツをはき終わった師匠は、ゆっくり振り返って僕に言った。

「生きろよ。生きて幸せになれ。嫌になるぐらい、な」

穏やかな笑顔と、優しい声だった。

――師匠も幸せに……あうっ!?

デコピンを食らった。

「私はもう幸せだ」

――僕だって。

僕らは笑った。

心の底から笑えた気がした。

 

曇り空の下、師匠の後姿が遠くなって行くのを見届けた。

師匠には幸せになってほしい、と思いながら。

彼女がくれた一番の教えは、人の幸せを願える気持ちだと、その時気づいた。

涙がにじんだ。

だけど、わるくはなかった。

生きていれば当然起こりうるものとして、僕は別れを受けいれられていた。

それでは、また。