癖
午前中、窓際でクロを抱っこしながら、日向ぼっこをしていた。
胸の上に乗るクロの重みをしっかりと感じながら、今までの事を思い出す。
クロはもう半年以上、僕のそばにいてくれた。
誰もいない部屋に1人、という世界に比べると僕の暮らしは格段ににぎやかになった。
最初は「自分は親としてやっていけるのか」という不安ばかりで、かわいがる余裕なんてなかった。
世話は面倒な事もあった。
トイレ掃除、食事、買い出し、爪切り、畳がボロボロになる、とか。
まあ、そのおかげで僕はスーパーに通えるようになったけど。
眠るとき、クロは僕のわきに入って眠るので、寝返りが一切打てなかった。
それでも寒い夜はお互いに暖かく、少なくとも僕は幸せのようなものを実感できていたと思う。
朝起きてすぐにクロのトイレ掃除をするのも習慣になっていた。
その作業は、考えるばかりで行動力のない僕にとっては、生活のリズムを整える儀式のようなものになっていた。
そういう意味でもあいつがいてくれたから、僕の病気は快方に向かったのかもしれない。
噛みつかれる事も多かったけど、クロがいてくれてよかった。
あいつは僕をどう思っているのか、わからないけれど。
お昼頃、クロの迎えが来た。
ドラゴンの回収業者なのだから、黒服にサングラスとか想像していた。
ところが実際にはチャラい感じの、引っ越し業者のような兄ちゃんが、1人で来ただけだった。
別れはあっさりしていた。
犬や猫を入れるような檻に入れる前に僕は1回、クロを抱きしめた。
クロは喉をゴロゴロ鳴らしていて、あったかくて、重かった。
もう2度と触れられないと思うと、つらかった。
どんな出会いにも、別れは来る。
それはどうやっても、避けられない。
今までずっと僕は傷つくのが嫌で、怖くて、ズルい事をしていた。どんな事をしていたかというと、
誰かと関わっても最初から逆算して「どうせ別れるんだ」って、心を閉ざしていた。
でも、別れる事そのものよりそんな考えしかできない事の方がさみしい事だって、最近気づいた。
僕は親になった事はないけど、今回クロを飼ってみて実感してる。
親心みたいなものを。
「親は子供が生きていてくれているだけでいい」って言うのはきれいごとかと思っていたけど、今は本当だと思う。
誰にでも親がいて、さらに他にもいろんな人とのつながりがある。
大切にされてる。
そういう人や物に対して、暴力をふるったり、口汚くののしったりするのは、すごく残念だし、駄目だと思う。
だから、僕は人を傷つけるのはやめようかと思う。
クロは大人しく檻に入って、回収されていった。
ものの5分の出来事だった。
クロを見送って、玄関から居間にもどると、無駄に静かで、広い。
名前を呼ぶことも、こっち来いよって言う相手もいないというのは、さみしい。
こたつに入る時、僕はいつも先にこたつ布団をめくって中を確認する癖がある。
いきなり足を入れて、こたつの中にいるクロを蹴ってしまう事があったから。
もう必要ないのに、やってしまう。
当分、この癖は無くなりそうにない。
それでは、また。