弁当屋と警察とチョコと女の子
昨日、自転車で出かけた。
色々な事が起こった。
3つ起こった。
1つめ。
念願の自転車ゲットにより、僕は今まで考えられないほどの行動半径を得た。
そういう訳で、遠出した。
一駅となりの町まで。
バイトを探しに行ったのだ。
目星は付けてあった。
弁当屋。チェーン店。
ネットで調べたらそのチェーン店はけっこうアルバイトを募集していた。
その店舗そのものの募集情報はえられなかったのだけど、もしかしたら、と思い、僕は行ってみる事にしたのだ。
で、店のガラスに貼ってあった。
「アルバイト急募」。
よし来た!と僕は心の中で叫んだ。
ちょっと深呼吸する。直接、店内に入って問い合わせようと思った。
印象が悪くなると良くないと思い、両手に付けていたリングはすべて外し、ポケットにつっこんでおいた。
緊張しながら、入店する。
白ひげのおじさんに迎えられた。
アルバイトしたいんですけど、と聞く。
すると。
「ごめんね、今さっき他の人に決まった所なんだよ。申し訳ない」と笑顔で断られた。
そうですか、と僕はすみやかに店を出た。
うーん、残念。
まあ、しょうがないか。と思いながら自転車で走りだした。
だが。
ふと、嫌な考えが浮かぶ。
そうタイミングよく、自分が行く直前に他の人に決まったりするのだろうか?と。
体良く断わられただけじゃないのか?
僕はものすごく緊張していた。
だから、挙動不審になっていたかも。
そういうみっともないところを見て、こんな奴雇えるか、と思われたんじゃないか?なんて考えてしまう。
その考えは自分でも被害妄想が入っている気がする。
いや、しかし、でも。どうなんだろう。
それに、人を疑うのか?
笑顔の素敵なおじさんを疑うのか?
なんか最低だな……。
そんな事を考えていて、僕は落ち込んだ顔をしていたのだと思う。
そうしていたら。
2つ目の事件。
パトカーに呼び止められた。
「そこの自転車、止まってください」と。
すぐに停止すると、パトカーも停車し、中から警察官が出てきた。
若い男性だった。僕より年下かもしれない。
足元を見ると、革靴なのだけど、しわが寄っていた。この人はたくさん歩いているのだろうか?
とか考えていると、質問された。
「その自転車、防犯登録していますか?」と。
していない、と僕が応えると、彼は僕の自転車の車体ナンバーをチェックした。
そのまま無線で連絡。「確認お願いします」と。
番号を通信相手に告げると、彼は僕に向かって質問をしてきた。
「どこで買ったんですか?」とか、
「最近買ったんですか?」とか。
察しはついた。
こいつ盗んだんじゃねえか?と思われているのだと。
こうも聞かれた。
「今日はお仕事休みなんですか?」と。
僕は曖昧に、まあ、と呟くと、
彼は視線を向けてきた。
僕はバイトを断られた直後という事もあって、ちょっと反抗的な目で受け止めてしまったのかもしれない。
そのまま数秒間、見つめ合ってしまった。
そうしていたらタイミングよく、無線が入った。
何も問題はない、という回答だったらしい。
その後、このあとどこへ?と聞かれ、僕がシャンプーを買いに行く、と答えると、
彼はそうですか、協力ありがとうございました。と締めくくり、開放を宣言した。
僕はお仕事がんばってください、と彼に告げて脱力しながら自転車をこぎ出した。
半分放心したまま、帰り道のドラッグストアでシャンプーとチョコレートを手に入れた。
3つ目の出来事。
気が付くと、河原にいた。
いつも歌を歌っている河原だ。
そのまま部屋に帰る気になれなかった。
なんだか、落ち込んでいた。
被害妄想の入った劣等感や、人を疑ってしまった事。
警察の人に不審者扱いされた事。
逆恨みにも似た、苛立ち。
何かに負けた気がする。
情けない気持ちでいっぱいだった。
しばらく、うつむいて固まっていた。
疲れていた。
若干の空腹を感じたので、
ポリ袋からチョコレートを取り出して、かじった。
……甘かった。
いつも通り、甘い。
そこで、気付いた。
なにも、変わっていない。
なにも、失っていない。
それなのに、どうしてこんな気分になっているのか?
ポジティブな意味で、自分がバカみたいに思えた。
わるい事なんて起きていない。
断わられたけど、挑戦はできた。
職務質問だってレアな経験だ。とらえ方によっては楽しい。
少なくとも、部屋に引きこもっていたら、何一つ手に入れられない経験だ。
きっと、前には進んでいる。
だから、いい。
そうだ、気分を明るくしよう。と思った。
いつも通り歌う事にした。
声を出せば、僕は元気になれるからだ。
体育座りでうつむいたまま、歌う。
声を震わせるうちに、心に力が戻ってくる。
よし、乗り越えた、と思った。
歌はサビの部分に差しかかった。
テンションが上がっていく。
歌いながら、顔を上げる。すると、
「あ」
目があった。
河の向こう側に、女の子がいた。
手にはリード。白い犬がつながれていた。散歩のようだ。
僕は、止まった。
向こうも驚いた顔をしていた。
どうしていいかわからない。
超恥ずかしい。
うつむいてやり過ごすしかなかった。
30秒くらい、下を向いた後、恐る恐る見上げると、そこにはもう誰もいなかった。
いつもなら、常に周りを見渡して人が来たら、歌うのをやめていたのだ。
だけど、昨日は近い距離で思いっきり聴かれてしまった。
怖がらせてしまったかもしれない。
迷惑行為に当たるのかもしれない。
今度こそ、まごうことなき不審者だ。
……やってしまった。
というわけで色々あった。
僕は普段、部屋で本を読んでいるだけの生活をしている。
だから、昨日は刺激が多すぎて、戸惑っていた。
まだ、頭の中がまとまらない。
それでは、また。