卵と女の子とカッターナイフ
来た。
二つ来た。
朝、宅配便。いつもの宅配のおじさんが届けてくれた。
差出人は、数日前のダイレクトメールの会社(たぶん架空)と同じ。
荷物の種類は「たまご」。
本当に来た!
笑いをこらえながら受け取った。なんて手の込んだいたずらだ。
中くらいのダンボール箱。軽い。
とりあえず床に置いて、食べかけのカップラーメンを急いで食べる。歯を磨いてから、箱を開いた。新聞紙がぎっしり。その中心に、リンゴなんかを包むようなネットにくるまれた、卵があった。
ほんとに来た。
大きさは鶏のやつより一回り大きいくらい。でも、色がやばい。黒地に蛍光のピンクでまだら模様が浮かんでいる。これがドラゴンの卵だというのか?
手の込みすぎたいたずらに、ちょっと動揺した。
他には白い紙きれが一枚。
「こちらがドラゴンの卵になります。一年間大事に育て上げて下さい。詳しいことは調査員にご確認ください。本日の正午ごろにそちらにうかがうことになっております。」
調査員?来るの?ここに?
やばい。ぜったいやばい。金を取りに来るんだ。
でも、ここまでする必要があるのか?
まあ、返信した自分もどうかと思うけど。
ヤンキー風の男が脅しをかけてくる画を想像してゾッとした。いや、まあ、来ないだろう。
午後一時を回ってから、来た。
玄関のチャイム。ビクッとしてしまった。しばらく固まっていると、また鳴った。
もうどうにでもなれ、とドアを開く。
いた。ただしヤンキーの人でなく、女の子だった。
見た目の年齢は大学生くらい。ちょっとだけ染めてある髪は胸のあたりで風に揺れている。肩に穴のあいた上着に、ふわりとしたスカート。印象を一言で言うと、女の子らしい女の子。
「あ」
目が合う。ドキッとした。彼女は緊張したような顔をしていたが、僕を足元から頭までスキャンするように見ると、あからさまに嫌そうな顔になった。
沈黙。気まずい。
「ドラゴン。わかる?一人暮らし?」
低いというか、ドスの利いた声だった。
あ、はい。と答える。本当に「調査員」なのだろうか?
彼女はバッグの中をがさごそいじって何かを取り出した。
カチカチカチ、と。それは、カッターナイフだった。両手で構えてにらんでくる。
怖い。
「いいか、今から私は部屋に入るが、妙な事をしたらすぐに刺すからな。わかったな?返事は?」
コクコクうなずくので精一杯だった。すると、許可を求めることもなく彼女は部屋にあがりこんだ。
その後ろ姿をわけがわからないまま追いかけた。
ドラゴンの卵はどこだ、と聞いてきたので、こっちです、とダンボールに入ったままの卵を見せた。カッターを持ったままデジカメを取り出して、卵を撮影しだした。意味が全く分からない。とにかく説明がほしかった。
あの、どういうことなんですか?勇気を出して声をかける。
「私に話しかけるな」
冷たく言い放ったかと思うと、またバッグから何かを取り出し、投げてよこした。
修学旅行のしおりみたいな冊子だった。
「ドラゴンとの楽しい里親生活 ガイドブック」と表紙に書いてある。
読めばわかる、ということなのだろうか?
僕は困惑するしかなかった。
「終わった、帰る」
ぼそっと言ったかと思うとデジカメをしまって、すたすた玄関へ歩いて行く。
僕はまた馬鹿みたいに後についていく。
彼女は部屋を出る時に、「また来る」とつぶやき、そのままどこかへ行ってしまった。
全然状況が理解できない。ただ、自分が調子を崩していることには気づいた。
急いで、ヒルナミンを飲んで横になる。そのまま軽い眠りについた。
さっき起きたばかり。リビングにダンボールと卵がある事を確認した。
あれは夢じゃなかった。まだ混乱している。
とりあえず今からガイドブックを読むことにした。
それでは、また。