刷り込みと扇風機
今日で5分間外出、三日目。
玄関先でぼーっとしていることに飽きたのと、「二日間大丈夫だった」という実績が僕の心を大きくさせていた。
日射しもきつくないし、すこし歩くか。
この油断が痛手を呼んだ。
吠えられたのだ、民家の犬に。
ちょっと驚く。しかし、本当の恐怖はそのあとに待っていた。
庭に出て洗濯ものを干していた飼い主らしきおばさんと目が合う。
睨まれた。
こわかった。
逃げた。
走って逃げた。
何も悪いことはしていないはずだが、「変質者出没!」とか騒がれたら嫌だな。
母にも迷惑かけることになるかも。
へこんで部屋に戻る。
すると、「ニャー」。クロの声がした。
ああ、目が覚めたのだな、とリビングへ向かう。
歩いていた。
目が、開いていた!
宝石のような赤。不細工な見てくれとは裏腹に、この世の神秘を思わせるその瞳は僕の心を、近所のおばさんの眼差しとは別の意味で、動揺させた。
そして、クロは……扇風機にすり寄っていた。
説明書に書いてあったことを思い出す。ええと、たしか……
「ドラゴンには刷り込みという習性があります」
「刷り込みとは、目がはじめて開いたときに「動いていて」、「音を出すもの」を見たとき、それを親だと思う習性です」
「あなたが親だと分からせるため、目が開く瞬間は必ずドラゴンのそばにいてあげて下さい」
1、扇風機は首振り運動を続けていて、
2、ブーンと音を出している。
そして、
3、クロは扇風機にべったりすり寄っている。
つまり、クロは扇風機を親だと思ってしまっているわけだ……。
……あんまりだ。
ヒルナミンは飲まずにこらえた。
それでは、また。