駄々をこねる、怒られる。
午後2時に師匠が来た。
機嫌が悪かった。師匠じゃなく、僕が。
今は一緒に話したり、相談したり、喜んだりしてくれているけど、結局最後は離れて行くんだ。そう思うと、空しくてしょうがない。
師匠が何を話しても、何を聞いてきても生返事しかできなかった。
そうしていると、とうとう師匠がキレた。
「言いたい事があるなら言えばいいだろう!我慢したって後でツケは必ず回ってくるんだ!私はお前の味方だ。自分の味方を否定するほどバカで意味のない事はないんだぞ!」
……味方。
僕の人生で「味方だ」と言った人たちの事を思い出した。
主に男。学校の先生たちだった。僕の両親は離婚していて、僕は母子家庭で育った。
登校拒否していた僕の母に、先生たちは言う。
「僕が○○君(僕)の父親代わりになります」と。
何だよそれ?
僕の事何も知らないくせに、「父親代わりになる」?
ふざけんな。思いつきだろそんなの。
正直に言うと、最初は嬉しかったんだ。
でも、一年が過ぎ、担任がかわると、インスタント父親たちはどこかへ行ってしまう。さみしいという気持ちより、裏切られたという気持ちでいっぱいだった。
みじめだった。
だったら最初から心なんて開かなければいい。それが子供の頃の僕の結論だ。
そういう事を、かいつまんで師匠に正直に説明した。遮る事も、反論を展開するでもなく、じっと僕の目を見て聞いてくれた。僕が一通り言い終えると、師匠はゆっくり口を開いた。
「私もいなくなるよ」
ギュッと、胸が痛む思いがした。
「確かにお前の言うとおりだ。だが、私は本気でお前の力になりたいとも思っている。それも本当だ。それから、その父親もどきたちだって悪い人間ではないと、私は思う。お前だってわかっているんだろう?」
師匠は真剣な目で見つめてきた。
この人は本気だ。思いつきじゃない。
僕は駄々をこねるのをやめて頷いた。
「だから『誰かに来てもらう』だけじゃなくて、今度はお前から誰かに会いに行けばいい。そう思わないか?」
自分から会いに行く。
そんな発想はなかった。
「出かけるんだ。人のいる場所に。人がいて、お前が行きたいところだ。どこがいい?」
僕が行けそうで、人がいて、行きたいところ。
今回は答えがパッと出た。
――図書館に行ってみます。
「じゃあ、行って来い」
師匠は穏やかに笑った。
なんか今日は師匠に迷惑かけたなあ。
だけど、師匠が本気で力になってくれようとしている事は感じられたし、信じられた。
僕にはそれが嬉しかった。
泣きたい気分だ。
でも、僕は泣く機能が死んでいるので、涙が出ない。
明日からも、がんばろう。
それでは、また。