木と、言ってほしい言葉
走った。
全力で走った。
すぐに息が切れる。
思うように体力はついてくれない。10年引きこもっていたら当然か。
だけど、わるくない。
立ち止って休んでいると、
「気持ち悪っ!」
子どもの声。こちらを指さして、数人でわめいていた。
その時今日が土曜日で、学生が休みだという事に気がついた。
僕はさらに走って逃げた。
別に何かわるいことをしていたわけではない。
だけど、「僕は変な人じゃない!」と主張してもうまくいく気がしない。
それに僕は一応、「統合失調症患者」という看板(?)を背負ってもいる。もし事件や問題を起こしたら他の患者さんのイメージも傷つけることになる。だから、撤退する事を選んだ。
……本音を言うと、怖かっただけです。
雑木林にたどり着いたところで足をとめた。
ドキドキしていたのは、走っていた事と、人に怯えている事の両方のせいだと思う。
見覚えのある木の存在に気づく。
その木は地面から1メートル半ぐらいの所から2つに分かれている。他のぴん、と立っている木とは明らかに違う見た目だったので覚えていた。学生時代、友人とふざけて登った事がある。
その時、誤ってこの木の枝を折ってしまっていた。全体を見渡す。もう折れたところは残っていなかった。
毎年決まった時期に、この辺の木はノコギリか何かでおっさんたちにカットされている。おそらく、そういう時に切られたのだろう。
ただそこにいるだけで否定される。
自分と似たような生活をしている街路樹やこういう木を見ると、無性に親近感がわいてくる。
木は生態系の役に立っていて、僕は何の役にも立っていない、という違いはあるのだけれど。
……大きな差だな。
お前すげえな、なんて木を見て心の中で語りかけていたら、人が来た。
また、ちびっ子たちだ。
「僕も頑張るから、お前もそこで生きるんだぞ」と心の中で木に声をかけて、走ってその場を後にする。
自分が誰かに言って欲しい言葉だった。
自分はひとりじゃない。
そう呟きながら、息を切らしていた。
それでは、また。