緊張
左手が震える。
ボタンを押せない。
美容室の予約を取ろうと受話器を握っていた。
髪を切る必要がある。
「不潔っぽい」と昨日、師匠に言われた。
ちょっと、いや、かなりへこんだ。
モテようとするよりまず、普通にならなければ。
とは言え、美容室が怖い。
おしゃれな店員さんがいっぱいいて、ダサい僕を見下してくる、そんなイメージ。
被害妄想だろうか?
「モテたいなら、床屋じゃ駄目だからな」と念を押されている。
電話だって苦手だ。
僕は声が小さい。話しかたも、もごもごしている。
これも師匠に突っ込まれた。意識すると余計に萎縮してしまう。
店の調べはもうついている。
ヘアースタジオ・イベントホライズン。
駅の近くにあるけど、目立たない美容室だ。
小さな店舗で、ガラス張りなんだけど、外からはあまり中が見えない造りだった。
静かな感じがいいと思って目星をつけたのだ。
自転車で出かけて、営業時間と料金を確認。
そのまま入店して切ってもらう勇気はなかった。
なぜ予約の必要があるかというと、予約すると割引がきく店だからだ。携帯は持っていないので、100円均一で買った情報カードに、電話番号を記録して、速やかに撤退した。
30分ぐらい迷った。
でも、ここで逃げてても何も変えられない。
髪型も、僕の人生も。
6ケタの番号を押して、ええい!と受話器を耳に当てる。
「はい、イベントホライズンです」
野太い男性の声だった。
――あの、カットの予約をしたいんですけど……。
「はい?」
聞こえなかったらしい。
焦る。
手から汗が出ていた。
声を張って、できるだけはっきりと喋った。
ろれつは回らないが、何とか話を進める。
じゃあ、金曜日の朝9時で、という事になった。
電話だけでこんなに緊張してて大丈夫なんだろうか?
たぶん変な奴だと思われた。胸の中の何かが縮こまる。
嫌な想像で不安が広がる。
美容室なんか行った事がない。
どういうシステムで動いているのかも、わからない。
髪を切ってる途中で調子が悪くなったらどうしよう。
ヒルナミンは予防として飲むにしても、
副作用で余計にろれつが回らなくなるだろう。
でも、それしかないか。
ううう。
わからないものはこわい。
それでは、また。