切り替え
昨日の夜も眠れなかった。
目を閉じるとあの人の姿が浮かぶ。
くるしい。もだえる。のたうちまわる。
恋をしている人は皆こうなってしまうものなのだろうか?
午後1時。師匠はやってきた。
僕は今週やったこと――レシートをもらったこと、おでんを買ったこと、おしゃれの勉強をしたこと――を報告した。
「大丈夫か?多少の無理は必要だが、自分を追い詰めるなよ。ゆっくりやるのが近道ってこともあるんだぞ」
――いえ、何ていうか、毎日が充実してます。
「そうか。ならいいが、焦り過ぎは禁物だぞ」
真剣な眼差しで、諭されたので僕はたじろいだ。
それから師匠はクロを見ながらレポートを書いていた。
いつも真剣だ。手を抜かない。
この人はどんな覚悟をして、どんなものと戦っているのだろう?
気付くと僕は師匠を見つめてしまっていた。すると師匠は、
「じろじろ見るな。キモいわ。これだから女に免疫のない奴は」とつぶやいた。
ちょっとへこんでいると、抑えたトーンで師匠はいった。
「でも、うまくいくといいな、お前の恋。がんばれよ」
師匠はどことなくさみしげな顔をした。
この人は振られたばかりなんだと、思い出した。
何か自分にできないか?
僕が一生懸命できる事を探していると、師匠の携帯が鳴った。
出る。
「もしもし、あっ!アイハラ君!私も今電話しようと思ってたんだ~!うん!今バイト中で……」
……テンションが高い。
声も高い。
嬉しそう。
ボリュームも大きい。
だけど電話なんかしようとしてなかったよなあ……。
アイハラ君って誰だ?
もしかして新しい恋?
……ああ。そうだよな。
師匠も僕と同じく引きこもっていたくらいだから、恋に奥手なんじゃないかって勝手に思い込んでいた。
師匠は僕の前だと将軍様みたいだけど、やっぱりかわいいし、働いたり遊んだりしてるはずだもんな。
出会いだってたくさんあるんだろう。
……本当のところを知りたい。
でも、僕は怖くて真相を聞けなかった。
師匠はそのままのテンションで次のバイトへ向かっていった……。
姉が以前言っていた。女性は気持ちの切り替えが早い。男にはなかなかそれができない、と。
女より男のストーカーの事件が多い気がするのはそのせいなんじゃないか、って。
急がなければ、また彼氏ができてしまう。
いや、いいことか。師匠元気出てたし。
だけど、僕は焦りを感じた。
でも。明るく話してただけだし。
まだ失恋から立ち直ってなさそう、か……?
ああ、女の子の気持ちなんてわからん!
焦ったり、迷ったり、心配したり。
頭と心がばらばらになりそうだ。
それでは、また。