大丈夫
失恋については吹っ切れた。
僕はもう大丈夫だ。
午後1時。玄関のチャイムが鳴った。
僕は軽い足取りで玄関へ。
笑顔で師匠を迎えよう。ドアを開ける。
――こんにちは!
「……おう」
ものすごくテンションの低い師匠が立っていた。
ここのところエロい、いや色っぽい格好をしていたのに今日の師匠はオーバーオール姿。
目元が腫れて、表情が暗く、覇気もない。
――師匠、もしかして……。
「ああ、アイハラ君にふられた……」
「ああ、一生独りだ。さみしい。心が死ぬ」
師匠が愚痴、というかぼやきだした事に僕は戸惑っていた。サトウ君の時はピリピリして、慰めようとした僕をはねつけていたから。
相当へこんでいるのか、あの時より僕に心を許してくれているからなのかは、わからない。
けれど、何か力になりたかった。
でもなんて言葉をかければいいのかわからない。
「私なんかが人に好かれるわけがないんだ。ありえないんだ。こんな暗い女、誰も好きになってくれない……」
ひとり言なのか、僕に言っているのか、なおも師匠はつぶやき続ける。
――師匠。
「ん?」
――僕は師匠が好きですよ。
と、言葉をかけると。
にらまれた。
「キモい。1度ふられた相手にしつこくするのはだめだ。まじめにだ」
下心はなかったのだが。
うまくいかない。何とか励ましたい。
師匠は好きな人の前で無理をする人という事はわかっていた。電話の時、声や態度が変わるし、「人と付き合う事は演技だ」何て言っていた事もある。
きっとこの人も自分に自信がない、僕はそう確信していた。
ずっと見てきたから、好きだったから、わかる。
好きだからこそ見えない事もあるのかもしれないけど……。
それで。
気付いてほしかった。ありのままの師匠でも受け入れられるという事に。
しかし、それをどう伝えればいいのか、言葉が見つからないまま時間は過ぎて言った。
熱いコーヒーを手渡した。
師匠は両手でマグカップを持って、ふーふーする。
僕もコーヒーを一口すする。口の中に苦い味が広がる。
「何故うまくいかない?おおよそ欠点という欠点は隠したのに」
泣きそうな顔になる師匠。見ていてつらい。
僕はカフェインで覚醒する脳をフル稼働させた。
こたえは、シンプルだった。
――ありのままでいいんじゃないですか?
「?」
また、にらまれた。
この人は慰めて欲しいのか放っておいてほしいのか、その判断を一瞬迷ったが、僕は押し切る事にした。
――僕にダサいとか、キモいとか師匠は正直に言ってくれるじゃないですか。それで、僕はそういう師匠が好きです。
「何だ?お前はけなされるから、私の事を好きになったのか?」
――そうですね。
「変な奴。ふふっ」
師匠はやっと笑ってくれた。
それから師匠はぼやくことなくレポートを書きあげた。
帰り際。
「今日はすまなかった。次はしっかりしてくる」
――おう。しっかりしろよ。
「何でタメ口なんだ!?調子に乗るな!」
胸を小突かれた。師匠は、また笑った。
僕は安心した。
師匠は、僕が告白すると言った時にあれだけ「自殺するな」と忠告した人だ。
もし、そんな人が思い詰めたら、と僕は心配して、不安になっていた。
でも、きっと大丈夫だろう。
笑ってくれたから。
そう信じたい。
それでは、また。