言い訳と現実
朝、母から電話がかかってきた。
内職を手伝ってほしい、と。
ここのところ母の内職は忙しい。僕も2日前から手伝っている。今日も引き受けたのだが、寝起きでテンションが低いのでちょっと僕はイラついていた。
つい「めんどくせえな」みたいに言ってしまった。
母も「なにそれ。優しくない!」とキレた。
ケンカになった。だけどそのあと謝った。今日は師匠が来るから、母には「午後から手伝いに行く」と伝えておいた。
午後1時。師匠はやってきた。
ふわふわの白ニットに、白×黒の花柄スカートのモノトーンコーデだった。僕は女の子らしいのに大人っぽい雰囲気にクラっときた。
師匠はいつも通りレポートを書きながら僕と話した。
「なんだ?今日は暗いな。何かあったか?」
――いえ、何ていうか……。
僕は朝、母とケンカしたことを説明した。
――昔っから僕は人の気持ちがわからないところがあって……。
僕は場の空気を読むのが苦手だ。こんなんじゃあ誰も相手にしてくれなくなるんじゃないかってずっと不安だった。それも説明した。
「それで落ち込んでいるというのか?」
ですね、と僕はため息を漏らした。
「別にいいんじゃないか?人の気持ちなんてわからなくても」
――え?
「わかろうとする事も大事かもしれんが、人の気持ちなんてコロコロ変わるし、第一そんな事でいちいちへこまれる方がよほど面倒くさいわ」
――すみません。
と、僕がか細い声で言うと師匠は、
「だからカタいわ。もっと適当でいいだろう?お前はお前でいいんじゃないか?」と言ってくれた。
「あっ、イリエ君♡」
しばらくして、師匠の新しい想い人イリエ君から電話がかかってきた。
もう2人は付き合っているらしい。
今日はデートの約束があったらしく、このアパートの近くにある小学校まで彼が迎えに来る事になっていた。
僕も実家へ向かうし、師匠も小学校まで歩くというので一緒に部屋を出た。
並んで歩く。女の子と2人きりで歩くなんて僕の今までの人生では数えるほどしかなかった。
だから僕はドキドキ+わくわくしていた。
師匠と歩きながらイリエ君の話をした。
年下だけどしっかりした人で、ひょうきんな性格。バイト先で出会ったという。
師匠の話ぶりを見るだけで、いかに師匠が彼を想っているのかが伝わってきた。
正直、つらかった。
小学校の前に軽自動車が停まっていた。運転席から背の高い男性が下りて手を振ってきた。師匠はそれにフルスマイルで応える。
僕はイリエ君の顔を見て衝撃を受けた。
……僕に似ている。
ショックだった。
イリエ君とはちょっと話した。
彼は明るくて楽しい人だった。細かい事は覚えていないけれど。
僕は師匠にふられている。
それはいい。
僕は一応自分なりにふられた原因を考えていた。
以前師匠は僕に「お前は悪い奴じゃないけどタイプ的にムリ」と言っていた。
師匠の元カレ達はみんな「男らしくてかっこいい人」と聞いていた。
なので僕は自分なりに言い訳を作っていた。
「ふられたのは『外見のタイプ』の問題だ」と。
「僕は男らしい感じじゃないから、しょうがない」みたいに。
しかし。
今日会ったイリエ君の外見は僕に似ていた(ように僕には見えた)。
どこかで見た目のせいにしていたが、それを真っ向から否定された。
わかってはいた事だった。
師匠は見た目だけで人を好きになる人じゃない。
つまり僕は「中身」、「正味の自分」でふられた。その事を突き付けられた気がした。
でも考えてみれば、その通りだとも思える。
今日だって勝手にへこんで師匠に気を遣わせていたぐらいなのだから。
納得はできる。
……でも、きついなあ。
師匠とイリエ君を見送った後、僕は抜け殻になって実家に着いた。
テンションが低すぎて母に心配させてしまった。
何やってるんだろう僕は。
ああ、
もっと大人になりたい。
それでは、また。