hatopoppo_25's blog

気づけば普通の日記になっていました。

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リミット

午後1時、師匠はお土産を手にやってきた。

有名チェーン店のドーナツ。

師匠はドーナツを広げ、僕はコーヒーを淹れた。

――バイト、落ちました。

「何だ、あんまり残念そうじゃないな」

一発で見抜かれる。

そうだ、本音を言うと僕は怖かった。

アルバイトに採用されても、うまくやっていけるのか、ちゃんと人づきあいはできるのか、そういうことで頭がいっぱいで、ビビっていた。

なので、落ちてホッとした部分はある。

そんなことを考えるのは一緒に働く人や、雇ってくれる会社に失礼だと思う。

でも、どうしても怖い。自信がない。

その事を師匠に正直に話した。

「自信、か」

――師匠は新しい職場に行く時とか、不安は無いんですか?

「不安なのはお前だけじゃない。自信なんか私にだってない。それにそんなもの必要ない。とにかく動き続ける事の方が重要だ。バットを振り続ければいつかは当たるからな。恋も、仕事も」

僕は「お前だけじゃない」という言葉を胸の中で反芻し、立ち止らないことを自分に誓った。

 

師匠は眠っているクロを見ながら、レポートを書いていた。

ペンの走るサラサラという音だけが静かな部屋を満たしていく。

その間に僕はコーヒーカップを片付ける。できるだけ静かに、穏やかに。

だが、流し台のところで手を滑らせて、大きな音を立ててしまった。

するとクロは目を覚ました。

「起きたか?ブサイク~!」

「ニャー!」

両手を差し出す師匠、しっぽを振って突撃するクロ。

いつもなら師匠のお腹に「ばふっ!」となるだけだが、今日は……。

勢いがあった。

ドンっ!バタッ!「ぐはッ!」

体当たりが決まって師匠は押し倒される格好になっていた。

――大丈夫ですか!?

「ああ、何ともない……」

 

難しい顔の師匠。

僕はどうしてなのか気になったが、なぜか聞いてはいけない気がして何も言えなかった。

「……なあ、ブサイクは今何キロだ?体重計はあるか?」

急に口調が固くなって、表情が険しくなった。

僕の胸に不安が広がる。

――どうしたん……ですか?

「体重が20kgを超えたら、即回収と言う事になっている」

 

それから師匠はルールの説明をした。

このバイトは(バイトだった事をこの時僕は思い出した)、

1、ドラゴンを1年間育てきる。

2、ドラゴンが死ぬ。

3、ドラゴンが逃げ出す。

このいずれかの条件を満たすと、即終了。

さらに、

4、ドラゴンの種族ごとにある体重の基準値を超えても即終了。との事だった。

 

「もう終わりかもな……」

――そんな……。

終わり。

2つの終わり。

クロがいなくなる。

師匠がここに来なくなる。

そんなの……。

体重計は家にはないと説明すると師匠は「じゃあ、来週私が持ってくる」とだけ言った。

しっぽを振って走り回り続けるクロとは対照的に、僕らはその後何一つ言葉をかわせなかった。

 

クロを両手で抱きしめるとドッシリしている。

重い。

腕がプルプルする。

20kg、超えているかもしれない。

なんてこった。

このままではいられないかもしれない。

ああ、僕は今まで恵まれた環境にいたんだな……。

……。

それでは、また。